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香川県高松市丸亀町4−12−1階 TEL 087-822-0138

 

 
 
 

ライヴレポート
北島佳乃子・金森もといDUOツアーのライヴレポート(p> 『生きているプレイヤーの演奏を聴くことができた体験は、新しい体験を加速させる。その加速した演奏こそが、北島佳乃子がリーダーとして創りだした目の前の心地よく新しいバップであり、ジャズだった』

執筆者:アインシュタインのグァルネリ 店主 西川 竜平

Photographer: Shuhei Shimada

2020年1月12日日曜日に香川県高松市のアインシュタインのグァルネリで行われた北島佳乃子・金森もといDUOツアーのライヴレポートを掲載したい。

写真1:ピアノを演奏される北島佳乃子さん

・セットリスト

1st stage

1曲目 ウイッチクラフト(サイ・コールマン作曲)

2曲目 ロータス・ブラッサム(ビリー・ストレイホーン作曲)

3曲目 時さえ忘れて(リチャード・ロジャース作曲)

4曲目 イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ(タッド・ダメロン作曲)

5曲目 ロング・ウェイ・トゥ・ゴー(北島佳乃子作曲)

2nd stage

1曲目 ザ・ソング・イズ・ユー(ジェローム・カーン作曲)

2曲目 エスターテ(ブルーノ・マルティーノ作曲)

3曲目 エロルズ・ドリーム(北島佳乃子作曲)

4曲目 マイシップ(クルトワイル作曲)

5曲目 ハルシネーション(バド・パウエル作曲)

アンコール曲 ナッシュメント(バリー・ハリス作曲)

 店主によるレポートなので、1曲目から3曲目あたりまではドリンクを作りながら聴かせていただいていた。いつにもまして今日はウイスキーのバランタインの17年物を頼むお客様が多かった。こんな演奏なら気持ちよく酔えるだろうな、と店主ながらに思っていた。私は40台前半なのでいわゆるレジェンドたちの演奏を生で聴く機会は少なかった。そんな中でも、ピアニストとしては故・辛島文雄さんが演奏するピアノが好きで足繁くライヴに通っていた。誰かの演奏を聴いたとき、これはあのジャズレジェンドが演奏したタッチに似ているな、と感じるジャズファンは多いと思う。自分の場合はそれが、「辛島文雄さんの演奏に似ているな」と感じるシーンに近い。この日の1st stageの演奏を聴いて、辛島文雄さんが教えてくれたジャズとはいったい何だったのだろうと考えさせられた。きっと何かのタッチやフレーズがそれを思い起こさせる鍵になったのだと思う。人によってはこの感傷は、「ビル・エヴァンスが教えてくれたジャズとは何だったんだろう」だったり、「マイルス・デイヴィスが教えてくれたジャズとは何だったんだろう」だったり、「ジョン・コルトレーンが教えてくれたジャズとは何だったんだろう」という感傷になるのだと思う。それは、良い演奏を聴いているときにふと感じる感覚で、素晴らしい演奏が繰り広げられている時に感じるデジャヴのようなものだ。重度の辛島文雄ファンの自分にとっては、他人にとって『バド・パウエル』かもしれない部分が『辛島文雄』になる。それだけのことだ。

 生きて演奏を聴くことができた体験は、新しい体験を加速させる。ジャズ喫茶の世代交代を表す言葉として正しいかどうかは分からないが、第一世代のジャズ喫茶が沢山のレコードを保有し往年の名盤を揃えて聴かせる名店だと定義すれば、我々の年代が始めるジャズ喫茶は第二世代のジャズ喫茶として定義付けることができるのではないかと考えている。第二世代のジャズ喫茶とは何か。それは、それほど沢山のレコードを置く必要はなく、沢山の名盤レコードを聴きたければ第一世代のジャズ喫茶へどうぞ、という感じのお店のことである。第二世代のジャズ喫茶のマスターである自分は、多くのジャズレジェンドが世を去った後の限られた時間軸の中で、自分が演奏を聴く体験をできたミュージシャンの演奏を通じてしかジャズと呼ばれている音楽の本質を知ることが出来ないのではないだろうか。そんなことを考える。ウエスモンゴメリーのバンドで腕を磨いたハロルド・メイバーンというピアニストの演奏を3回ほど聴いたことがある。昨年8月にこの世を去ってしまい、この世にはいない。しかし、生きているプレイヤーの演奏を聴くことができた体験は、新しい体験を加速させる。その加速した演奏こそが、北島佳乃子がリーダーとして創りだした目の前の心地よく新しいバップであり、ジャズだった。すべては繋がっている。

写真2:ベースを演奏中の金森もといさん

 2nd stageに入り1曲演奏し終えた頃、北島佳乃子さんから2曲目のエスターテについて「哀愁漂う曲が自分に合っている」と説明があった。私事ながら、最近スタンダードを演奏するにあたり海外の動画サイトを観ているとマッコイタイナーのフレーズについて楽譜付きで解説しているものがあった。その中で女性ピアニストが、しきりに「ヒー・イズ・ソー・ペイシェント」という表現でマッコイタイナーの演奏を解説していた。マッコイタイナーの演奏が、ペイシェント、つまり日本語で言うと『抑制的』とでも言うのであろうか、そう表現されていた。あるいは、忍耐強く抑制された、という感じだろうか。そのような表現を使って解説されていた。北島佳乃子さんの演奏するエスターテは、まさにその『ソー・ペイシェント』とでも口にすべき演奏だった。無駄なもののない、美しく、抑えられたピアノ。そこから、後半には鍵盤を一瞬で左から右まで弾き上げるほどのダイナミックな演奏。そこから再度、抑制された音に収束し曲は終わった。

写真3:アインシュタインのグァルネリでのライヴ全景

 続く3曲目のエロルズ・ドリームは北島佳乃子さんの作曲されたオリジナル楽曲だ。正直、この日のライヴの中で私にとって最も印象に残った曲になった。この先3日間ほど、この曲が頭から離れなかったのを覚えている。彼女がエロル・ガーナ―のピアノを聴いていたとき、その夢のようなピアノに感銘を受けて作った曲だという。エロル・ガーナ―といえば、ミスティの作曲者である左利きのピアニストとして有名だ。その名前を冠したエロルズ・ドリームという曲は、冒頭が印象的だった。高音を弾く音がピアニシモから始まり、繊細な強弱を付けてフレーズを弾いていく。テーマもピアニシモを効果的に使い、確かに夢のようだと思わせるロマンティシズムがそこにはあった。

写真4:北島佳乃子さんの演奏に聴き入るお客様方

 ところで、4曲目のマイシップはベーシストの金森もといさんが弓を使って演奏する楽曲で、彼の弓遣いに注目が集まることとなった。ジャズ・ベーシストは弓が苦手なプレイヤーも多いが、金森もといさんは弓が上手い方のベーシストだ。弓を持つ手元が力強く安定したボーイングを生み出していた。またしても酒が飲めそうな曲だと感じた。そういえば、金森もといさんはMCで『京都の貴公子』と自ら称して笑いを取るシーンもあった。面白さと真摯に演奏する際の姿のギャップが良い味を出している。演奏後にジャズシーンについて熱く語る機会があったが、そういう部分も演奏に現れているように思う。最後の曲となったのはバド・パウエル作曲のハルシネーション。息もつかせぬ程の熱い演奏。何と言ってもバド・パウエルとなると目の色が変わるのだ。北島佳乃子さんは私のピアノの先生で、福岡で演奏されていた際にはその音楽性を知るために、私は頻繁に彼女のライヴに訪れていた時期があった。その中で、彼女が一番最初に作曲した楽曲がバド・パウエルの名前を冠した曲だったことを知り、また彼女が無類のバド・パウエルファンであることを知るに至った。それはまさにストーカーと言っていいレベルだ。バド・パウエルが住んでいたマンションから演奏場所から墓に至るまで、足を運んでは生前の姿に思いを馳せていたらしい。そのバド好きが端的に分かる一曲だ。ベースソロの時にピアノが左手で低音を弾いていたが、そのウオーキングベースが何とも良い。4バースのタイム感が完全に一致していて、鳥肌が立つほどの呼吸だ。年齢からすると熟練という言葉があてはまるかどうかという年齢かもしれないが、プレイそのものは完全に熟練のインタープレイだ。思わずベースを観てしまう。アンコール曲はバリー・ハリス作曲の『ナッシュメント』。曲に合わせてお客さんが手拍子をするスタイルの楽曲だ。金森もといさんもこの楽曲が好きなようで、昨年リーダーバンドを率いて高松のスピークロウさんで演奏されていた際もこの曲がアンコール曲だった。タッタッタットゥタッ(パン:手拍子)、タッタッタットゥタッ(パンパン:手拍子2回)、と手を叩く。音楽に参加している楽しさを感じる。テーマやピアノソロの後半で手拍子をする箇所はみんな上手に手拍子をすることができるのだが、ベースソロの後半に手拍子をする箇所が出てくると上手く叩くことが出来なくなってしまっていた。手拍子を間違えることもまた楽しい。こうして、美しい時間は過ぎて行く(了)

写真5:本項を執筆する筆者
お店からのメッセージ

アインシュタインのグァルネリは、生演奏が聴ける飲食店です。また、店長をはじめこれまでに科学研究や科学教育に携わった経験のあるスタッフが在籍していて、一般に日本人の理系離れが進んでいると言われる昨今、美味しいお酒やコーヒー、紅茶を飲みながら楽しく科学の世界に触れることができます。分からないことや基本的な知識も店長をはじめとしたスタッフに質問することができます。日本でも珍しいスタイルのお店です。ぜひ一度遊びに来てみませんか?

 

アインシュタインとグァルネリ
店名のグァルネリとは、有名なヴァイオリンの名前から来ています。ストラドヴァリウスと並んで億単位の価格で取引されるグァルネリ・デルジェスは、有名な天才科学者、アルバート・アインシュタインも所有していたことで知られています。モーツアルトの弦楽四重奏を好んで演奏していたいたそうです。この店名は、それに因んでつけられています。素晴らしい音楽が素晴らしい発想を生む、というコンセプトです。

ドリンクメニュー

ヒューガルデンホワイト(中)700円、 同(大)1300円、 グラスワイン800円~、カクテル、自家焙煎珈琲600円、紅茶ほか


ライヴ・コンサート情報

(別途・要ワンドリンクオーダー)